ジェームスへ ~カーターより~

「ジェームス・エリー・ブライアン。君のことを語るには、私、カーター・オーガスは身近にい過ぎる。君との思い出を述べればきりがない。初めて君と会った時、私達はあるはずのない海の話をした。どうしてだろう。書類を渡されてから、君のことがずっと気になっていた。自分では認めたくなかったが。私のことを孤独だと君が言った時……私は、来るべきものが来た、という感じがしたよ。君が来て、私の世界はすっかり変わった。目の前が開けたような気がしたよ。ありがとう、ジェームス。君がネガットやエリー、ワイエスやサロニーなどに殺されなくて本当に良かった。一度などは、CIAと敵対したこともあったな。それからフロイド。最初はワイエスに似ていたから気にはなっていたけれど、今では我々の良き友達だ。しかし、あんなにワイエスとは違った性格を持ちながら、ワイエスと見紛うほどの外見をしてるからなあ。まあ、フロイドの方がタフというか、たくましいというか……。まあ、そんなわけだ。……何がそんなわけだって? なに、別に煙に巻こうとしているわけじゃない。私が感じたままをそのまま述べているだけだ。滅多にこんなことは言わんが……愛しているよ、ジェームス。私にはジャネットという良き伴侶がいるから、なんら含むところはないけれどね。私には男が好き、という性癖もないからな。冗談でも君に迫られる度に冷や冷やしていたんだ。昔はね。何しろこの体格差だ。襲われたらひとたまりもない。しかしねぇ……君はモテるのに、異性関係はあまりぱっとしないな。私が口を出す筋合いでもないかもしれんが。シド・キャロルに、私の妹のジョイか。君は、綺麗に咲いたのに誰にも見てもらえない花とか、これから咲きそうな蕾が好きなのだな。マニアックな趣味だと思うが……。ジョイのことは幸せにしないとただじゃおかないからな。私自身は、君には世話になりっぱなしだがね。だから、本当はジョイのことも心配していない。きっと君の元で幸せになれるだろう。不思議だな。君といると、全てが大丈夫に思えてくる。君の底抜けの楽観主義がうつったかな。君が正直羨ましい。君は……なんというか、自然体だ。だから、みんなついていく。私も感化されたいと思ったことが……あったかな? あったようだ。アンジェラにも言われたよ。そんな風なことを。ああ、話は飛ぶが、不思議といえば、君とアンディも不思議だな。君達は不思議不思議の縁で結ばれているようだ。嫉妬したこともあるよ。君は知らんだろうがね。私は……ご覧の通り平凡な男だ。君のように天才ではないし、アンディのように芸術的方面に特化した才能を持ち合わせているわけでもない。医者にはなったが、それも努力の末だ。それなのに、私を特別視する人間がいることが意外だ。君のせいだぞ。まあ、大抵は放っておくがね。君のせいで私も注目の的になったことがあるんだぞ。実に迷惑千万な話だ。それを面白がっているんだろうって? 冗談じゃない! 君は牧歌的な人間のつもりだろうが、それがたくさんの人々の犠牲の上に成り立っていることを忘れるな。君が憎くて言っているのではない。憎めるはずがないじゃないか。親友というより、もっと深い縁を覚えている君に対して。君はどんな人間でも味方にしてしまう。マイク・シャーロットやビクター・サーリングといった面々まで。君は天使のような男だ。大柄な天使だ。君に出会った人間は、愛するか、憎むかしかない。天使を嫌うことなどはできないからだ。ワイエスはそのことで苦しんでいた。君に責任はないが、それは生まれながらに君が背負った業だと思う。周りは引っ張り回される。それに、前にも言ったかもしれんが、君は少々おっちょこちょいだぞ。巻き込まれずにすむ事件に巻き込まれて。私達はどれだけはらはらしたか……。でも、最終的には、君は正しかった。いつでも。けれど、君が長生きするような気は、どうしてもしないんだよ。私はそれが心配でね。そのことを考えて眠れなくなる日もあったんだ。今は大丈夫だが、近い将来、君はこの世から消えてしまいそうな気がする。私は君を思い出して泣くんだ。何度もそういう夢を見たよ。その度に私は泣く。そして、決定的瞬間がまだ来ていないことにほっとするんだ。ジェームス。君がいなくなったら、私は君をどこまでも探し求めるだろう。何度生まれ変わっても、君を探すだろう。君を慕い求めてやまないだろう。私の魂は。君の出現によって、私は奇跡の存在を知った。もう戻れない。……私に息子が生まれたら、一人にはジェームス、君の名前をつけるよ。生まれたらの話だけれど。……なに? 生まれるって? もう決まってる? 私には神の約束だの計画だのというものは測りかねんが、君がそう言うのなら、そうなんだろう。ジェームス! いつまでもここにいてくれ! ウォーレンやアルジャーノンのように、いきなりいなくならないでくれ! 頼む……。君は近い将来亡くなると……白い馬が死を運んで来ると、そんな夢を見た。君が倒れた時だったと思う。君も運命に魅入られた者の一人だ。……いや、君は未来にどんな出来事が待ち構えているか、知った上で敢えてそれを選ぶんだ。それが、ジェームス・ブライアンという男だ。それを私達がとやかく言う資格はない。資格はないと言った上で、敢えて言う。君は……命を大切にしろ。今まで君に救われた者は、大勢いるのだから。私も……そうだ。今まで受け身だった私は、君のおかげで積極的に愛することを知った。ジャネットとよりを戻せたのも、君のおかげだ。君には感謝しきれないくらい感謝している。ありがとう。こうしてみると、君自身奇跡の存在だな。君は暴力と愛から生まれた。そのことについてどう思っているのか、私は知らない。かつて、私は自分より不幸な者はいないと思っていた。それがどうだ。君がいた。君がどういう青春を過ごしてきたか、私は知らない。けれど、それが決して心躍る楽しいものでなかったことは、想像に難くない。君の上半身を見る度、慄然とする。君の幸薄い過酷な過去を見るようで。君はけろっとしているがな。もちろん、その時代にも仲間はいたようだし、味方もいた。いい思い出もあったはずだ。人生は、我々に必ずしも優しいとは限らない。だが悪いことばかり、四面楚歌ということもまた、あまりない。必ずどこからか救いの手が差し伸べられる。君は自力で逃げ出さなくてはならなかったが。普通のティーンの生活も送れなかったようだしな。ああ、君と会ってから、何が『普通』か、その基準がわからなくなってしまったが。君は差別をしない。人間も、国家も、動植物に対してさえも。これは、聖人の域に達しているよ。少なくとも、私には真似できない。日系三世というコンプレックスが尾を引いているんだ。このみかけだしね。しかし、それを逆手に取っても、逆差別になるだけだ。差別も逆差別も差別には違いない。私は母とはいろいろあったから……黒髪もこの肌も、嫌いだった。金髪碧眼だったら母に愛されたかもしれない……うんと小さい頃はそう考えたこともあったと思う。母は私を悪者にした。父は、そんな母を止めるのに必死だった。実の息子にかまける暇などないという風だった。私の友達は犬のローバーだけだった。母は教会に通っていた。それも熱心に。懺悔するだけで罪をないものにしようとしたって、それはただの逃げの行為だ……。いかん。愚痴っぽくなってきた。私はもともとが、明るい方というわけではないのだ。無理して努力して、つとめて明るく振る舞っていたがね。私を地獄から救い出してくれたのは、レイフ伯父だった。その伯父も死んだ。飛行機事故に巻き込まれて。けれど、私を悪者じゃない、母の言うような悪魔ではない、と信じさせてくれたのは、彼が初めてだった。母は、私を悪魔の子だと言ったのだ。たかが日本人の血を引いていた、それだけのことで。退屈な話だろうが、もうすぐ終わる。母は私に和解を求めてきた。私にも受け入れる用意はできていた。だが、両親も事故で死んだ。私は愛する者の死を、身近な人の死を恐れている。両親は身近であったかどうかすらわからないが。親を殺すことによって、私の不信仰を罰しようとしたのなら、神は随分と人選を誤ったことになる。だが、伯父のことは愛していた。私の愛する者は、必ず非業の死を遂げる……事故の積み重ねでだんだんそう固く信じるようになった。だから、ジャネットとも無意識に距離を置くようになった。……ジョイが生まれた時、母がいなくて良かったと思った。病気が再発したかもしれなかったからだ。ジョイは私に似て黒髪に黒い目だ。どんな目に合わされるかわかったものではない。幸い、いい人達が養父母になってくれたが……ジョイの為に良かったと思う。また長くなったな。時々、シンのちゃらんぽらんさが羨ましくなる。あいつはあいつで、それなりの道を通ってきた筈だがね。あいつも強いよ。図太いだけかもしれんが。シンのことはどうでもいい。君がジョイと結婚することになって嬉しいと思う。君にだったら、妹を任せられる。兄としても誇らしいよ。……今日は過去のことも喋ったりしていつもとは調子が違うからな。常にこう聞き分けの良い兄でいるとは限らんぞ。私と君は古い友人だ。君の性格は飲み込んだつもりだが……まだまだ私の知らないジェームス、君がいるんだな。マイケル・ネガット時代の君については、まだよく把握しきれていない部分もあるし。乳母とその息子を殺されたとか、そういうことは知っているがな。しかし、いずれにせよ、君の過去についての第三者やマスコミの証言は当てにはならん。CIAから匿ったこともあるスタン・マティックはマイケル・ネガット事件の当事者だったが。いつだったか君の第一言語がスペイン語だとフォアウッドに指摘された時、死ぬほど悔しく思ったが、考えてみれば、スペイン人の乳母マリアに育てられたのだから、当然といえば当然だな。私はほんの少しのことしかわからないんだ。わかっていると思っていることさえ、わかっていないのかも知れない。全てを統べるという神とやらに訊いてみたいものだな。もし、そんなものがあればの話だが。どうしてこの世の中はこうなのか……。だが、それは私の管轄外だな。ジェームス、君も万能では有り得ない。人間でいる限り、我々は不完全だ。だが、それだからこそ可能性がある。永遠への扉を開く鍵となる。君に孤独だと言われた時、私は見透かされた、と思った。しかし、同時に運命が私のところに遂に飛び込んできた、と思ったね。ファブリに辞表を出したまえ。確か私はそう言った。あだやおろそかに言ったわけではない。私なりの覚悟が必要だった。当時、君は刑務所の中の札付きのワルで……犯罪者の天才児だった。おまけにおかしな発作もある。だがしかし……君と話していくうちに君を好きになっている自分がいた。私の欠けた何かを補ってあまりある……そんな感じがした。そこにアンディとアンジェラが加わって……ああ、そうそう。アンジェラと暮らすことになったのは、君のせいでもあるんだからな! ……今では感謝してる。彼女は、カーター家にはなくてはならない存在だからな。君がいなかったら、私とアンジェラはどちらかが家をおん出て、もう二度と会わないし、顔も見たくないと思っただろうよ。そして、アンディ。アンディとは超自然的な絆で結ばれている。サロニーとも一体化したし、全く君の容量の大きさには頭が下がるよ。これは皮肉ではないぞ。サロニーJr.とも早く親子になれればいいな。あの子にも幸せになってもらいたい。実に可愛らしい子供だ。尤も、将来はサロニーに似るかもしれないがね。うーん、想像するとちょっと怖いかもしれないな。まあ、サロニーJr.のことも含めて、君は幸せをもたらす存在だ。中には相容れない者もいるだろう。だが、君のおかげで自分の人生に希望が持てた、そんな私のような人間がいることも、忘れないでくれ。君の味方になることが君への恩返しだと信じている。たとえ、どんなことになっても私は君を忘れない。死の床にあってさえも君を忘れずに居続けるだろう。そして、私に君という人間と出会わせてくれた何者かに、心の底から感謝するだろう。……眠ったのか? 私が改めて私や君のことを話すのを聞きたいと言ったのは君のくせして。……寝顔はまるで子供のようだな」

2010.9.19

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